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CPAP・睡眠時無呼吸症候群

日中の眠気に隠れた集中力低下・物忘れ|睡眠時無呼吸が脳に与える影響

日中の眠気に隠れた集中力低下・物忘れ|睡眠時無呼吸が脳に与える影響

「8時間寝たはずなのに、会議の内容が頭に残らない」「最近、物忘れが増えた気がする」という方へ。SASが認知機能にどう影響するのか、そのメカニズムと限界を整理します。

睡眠時無呼吸症候群というと、「いびきがうるさい」「日中眠い」という症状のイメージが先行しがちです。しかし実際には、夜間に繰り返される呼吸の乱れが、注意力や反応速度、記憶といった脳の働きそのものに影響を及ぼすことが、国内外の研究で報告されています。本記事では、SASが「眠気」を超えて脳にどう作用するのか、そのメカニズムと、どこまでが分かっていて、どこからがまだ分かっていないのかを、できるだけ正確に整理します。

SASは中年男性だけの病気ではない

国内の診療ガイドラインによると、CPAP在宅使用患者は50万人を超えようとしており、その半数以上は60歳未満の青壮年層が中心とされています。中等度以上のSASは成人男性の約20%、閉経後女性の10%にも及ぶと考えられ、高血圧や糖尿病などの生活習慣病がある人ではさらに頻度が高いとされています。つまり、SASは「太った中高年男性の病気」という一般的なイメージよりもずっと広い層に関わる病気であり、肥満がない人や閉経後の女性、生活習慣病を抱える働き盛りの世代にも起こり得るということです。

日本人を含む東アジア系の人には、欧米人と比べて骨格的に顎(あご)が小さい、あるいは後退しているという特徴があるとされています。上気道という「空気の通り道」そのものが元々狭いため、欧米人であれば問題にならない程度のわずかな脂肪沈着や加齢による筋力低下だけでも、気道が塞がりやすくなり、SASを発症しやすいと考えられています。これは循環器領域のガイドラインでも、体重に依存しない機序(解剖学的な要因)として整理されている考え方です。つまり、「自分は太っていないから脳への影響は心配ない」とは言い切れず、痩せ型や標準体型であっても、顎が小さい・後退しているといった骨格的な特徴がある場合は、同じように注意が必要だということです。

なぜ「眠気」だけでは済まないのか

SASでは、睡眠中に上気道が繰り返し塞がることで、慢性的な間欠的低酸素(酸素濃度が下がっては戻る状態)と、睡眠の分断が起こります。この2つが組み合わさることで、脳にさまざまな負荷がかかると考えられています。

夜間に呼吸が止まる、酸素が下がる、脳が「危険」と察知して覚醒し呼吸を再開させる、また眠る——このサイクルが一晩に何十回、重症の場合は何百回と繰り返されます。本人は目が覚めた自覚がなくても、脳は実質的に「休めていない」状態になります。睡眠時間そのものは足りていても、深い睡眠やレム睡眠が細切れになり、睡眠の「質」が大きく損なわれるのです。

動物実験では、間欠的低酸素の環境に置かれたマウスで、記憶や学習に関わる機能の低下や、ミトコンドリアの機能に関わる遺伝子の抑制、酸化ストレスに対する防御機構の抑制などが報告されています。ヒトにそのまま当てはめられるものではありませんが、SASによる脳への影響が「単なる寝不足」とは異なる、酸化ストレスや細胞レベルの変化を伴いうることを示す補強材料になっています。神経画像の研究でも、記憶に関わる脳の部位(海馬)の萎縮や、白質の変化、前頭葉のネットワークの変化が一部で報告されています。ただし、こうした変化は加齢や肥満、高血圧、糖尿病などの影響も受けやすいため、「SASだけで脳が萎縮する」と断定することはできず、あくまで一部の研究で報告されている関連にとどまります。

どの能力が影響を受けやすいか

SASによる認知機能への影響は、すべての能力が一様に低下するわけではありません。研究の一貫性が高い領域と、そうでない領域があります。

認知領域研究での一貫性日常での現れ方
持続的な注意力・警戒性高い会議中に話を追い続けにくい、運転中に眠気を感じやすい
反応時間・処理速度中〜高い返答や判断がワンテンポ遅れる、メール処理が遅くなる
実行機能(段取り・切り替え)中程度複数の作業の優先順位づけ、確認漏れが増える
作業記憶中程度会議で直前の発言を保持しにくい
短期・長期記憶中〜低い説明を聞いても記憶に残りにくい、名前や予定を忘れやすい

この表からも分かる通り、最も一貫して報告されているのは「注意を持続させる力」と「反応速度」です。一方で、記憶に関する影響は研究によって結果にばらつきがあり、注意力ほど明確ではありません。「SASになると必ず物忘れがひどくなる」という単純な図式ではなく、まず注意力や処理速度の低下として現れやすく、記憶への影響はそれに付随して起こりうる、という理解が実態に近いといえます。

また、無呼吸低呼吸指数()が高いほど必ず認知機能が落ちる、というわけでもありません。低酸素の深さや長さ、脳が覚醒する頻度、眠気の強さ、血管のリスクなど、複数の要素が個人ごとに異なるため、AHIという一つの数値だけで認知への影響を予測することはできないとされています。

職場で「なんとなく感じる」違和感の正体

「8時間寝たのに、会議の内容が頭に入らない」「確認したはずのメールで見落としが増えた」——こうした感覚は、研究で示される注意力や処理速度、実行機能の低下を、日常の場面に置き換えたものと考えられます。ただし、研究によって直接「SAS患者は会議の理解力が落ちる」と示されたわけではなく、神経心理検査で確認された注意・処理速度・実行機能の低下から、実務上の場面へ推測を広げているものである点は、正確に理解しておく必要があります。

  • 議論の流れを保ちにくくなることがある
  • 確認作業の精度が落ちる可能性がある
  • 反応がワンテンポ遅れることがある
  • 複数の作業の切り替えや優先順位づけが負担に感じられることがある
  • 聞いた内容が定着しにくいと感じる人もいる

こうした変化は、本人が「最近仕事ができなくなった」「やる気が出ない」と感じるだけにとどまり、原因がSASにあると気づかないまま、自己評価だけが下がっていくケースも少なくありません。

CPAP治療でどこまで戻るのか

CPAP治療の効果を考えるうえで重要なのは、「主観的な眠気」と「客観的な認知検査の結果」を分けて考えることです。

CPAP治療によって、主観的な眠気が軽くなったと感じる人は比較的多く、この点については一貫した報告があります。一方で、注意力や処理速度、実行機能、記憶といった神経心理検査の結果については、改善が見られたとする報告と、有意な改善が見られなかったとする報告が混在しており、効果は部分的・不均一とされています。ある研究では、CPAP治療によって主観的な眠気は有意に改善した一方、全体的な認知機能や記憶、言語、注意、実行機能については有意な改善が確認されませんでした。

一方、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー病を伴うSAS患者を対象にした研究では、CPAP治療後に認知機能評価の一部が軽度ながら改善したとする報告もあり、特に長期間CPAPを継続した場合に改善が見られやすいとされています。ただし、別の評価方法では有意な効果が確認されなかったとする報告もあり、一貫した結論には至っていません。

こうした背景から、「CPAPで眠気や生活の質は改善しやすいが、すべての人の記憶力や判断力が明確に回復するとは限らない」というのが、現時点で誠実な言い方といえます。また、CPAPは機器を借りて終わりではなく、毎晩の使用習慣やマスクの調整といった継続的な取り組みが、治療効果に直結する点も見逃せません。

なお、「軽症だから治療しなくてよい」と自己判断してしまうのは注意が必要です。令和8年度の診療報酬改定により、CPAPの保険適用基準は緩和される方向で見直されており、精密検査(PSG)でAHIが15以上、簡易検査でAHIが30以上であれば、日中の眠気などの症状や合併症の状況に応じて、以前より早い段階での治療介入が可能になっています。「軽症〜中等症だから様子を見てよい」と考えず、脳への影響が気になる場合は、現在の基準に照らして治療の対象にならないか、一度確認しておくとよいでしょう。基準は今後も改定される可能性があるため、最新の情報は受診先の医療機関にご確認ください。

軽度認知障害・認知症との関係をどう理解するか

SASと軽度認知障害(MCI)や認知症との関連については、近年、縦断的な研究データが積み重なってきています。50歳以上の18,815人を10年間追跡したある研究では、SASの診断歴または疑いがある人は、そうでない人に比べて認知症の累積発症率が高いという関連が示されました。80歳時点では、SASのある群はない群に比べ、女性で4.7%、男性で2.5%、累積の認知症発症率が高いという結果が報告されています。年齢や他の要因を調整した後もこの関連は残っていました。

ただし、この研究にはいくつかの限界があります。SASの判定には確定診断だけでなく簡易的なスクリーニングも含まれていること、認知症の判定も詳細な神経心理検査ではなく推定的な評価アルゴリズムに基づいていること、そして治療の有無やその効果までは評価できていないことです。

したがって、「SASは将来の認知機能低下や認知症のリスクと関連する可能性がある」とは言えますが、「CPAP治療によって認知症を確実に予防できる」というところまでは、現時点の研究では立証されていません。この違いを正確に理解しておくことが大切です。関連する仕組みとしては、睡眠の分断や低酸素、炎症、血管への負担などが議論されていますが、いずれも研究段階にあるものです。

血管への負担については、もう一つ見逃せない経路があります。SASは高血圧や脳卒中の独立したリスク因子であることが循環器領域のガイドラインでも指摘されており、こうした血管の病気をきっかけに発症する「血管性認知症」のリスクを高める可能性があるとされています。つまり、SASが脳に影響を及ぼす経路は、間欠的低酸素や睡眠分断による直接的な影響だけでなく、高血圧や脳卒中という血管の病気を介した、間接的な経路もあるということです。脳への影響を考えるときは、この2つの経路がある点を押さえておくと理解しやすくなります。

加齢・睡眠不足・うつとの見分け方

「集中できない」「物を忘れる」といった症状は、SASだけでなく、加齢による自然な変化、単純な睡眠不足、うつ状態、薬剤の影響、甲状腺機能の低下、貧血、そしてMCIや認知症そのものでも起こり得ます。症状だけを見て、SASが原因かどうかを自己判断することは難しく、危険でもあります。

見分けるための手がかりとしては、大きないびきや無呼吸を指摘されたことがあるか、起床時に頭が重い・口が渇いているといった症状があるか、日中の眠気が数週間以上続いているか、といった点が挙げられます。これらに心当たりがあり、かつ集中力の低下や物忘れを感じている場合は、まず睡眠の状態を確認することが、原因を切り分ける第一歩になります。

数ある手がかりの中でも、特に注意したいのが「睡眠中の窒息感」や「カハッ・ゴホッというあえぎ呼吸」です。単なる規則的ないびきよりも、呼吸が一度止まったあとに大きく喘ぐように呼吸が再開するパターンのほうが、SASの存在を予測する指標として信頼度が高いとされています。「物忘れが増えた気がする」という漠然とした不安だけで悩むよりも、家族から「息が止まっていた」「苦しそうにあえいでいた」と指摘されたことがあるかどうかを振り返ってみることが、単なる加齢による物忘れなのか、SASが関わっている可能性が高いのかを見分ける、実用的な出発点になります。

当院でできること

当院は睡眠・アレルギーを専門とするオンライン診療クリニックです。「眠いだけでなく、最近集中力の低下や物忘れが気になる」という方も、まずはご相談ください。症状の経過をうかがったうえで、自宅での簡易検査の手配や、必要な場合の精密検査へのご案内を、医師が判断いたします。すでにCPAP治療を受けている方の転院・継続管理についてもご相談いただけますが、まだ検査を受けたことがない方は、いびき・日中の眠気のオンライン初診相談からご相談いただけます。

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よくある質問

Q. SASになると必ず認知症になりますか?

A. いいえ、そうとは言えません。SASと認知症の発症率上昇には関連が報告されていますが、必ず発症するわけではなく、CPAP治療で確実に予防できるという段階の研究でもありません。

Q. CPAP治療をすれば、記憶力や集中力は完全に元に戻りますか?

A. 主観的な眠気は改善しやすい一方、記憶力や集中力に関する客観的な検査結果の改善は、研究によって差があり、すべての人に明確な改善が保証されるものではありません。なお、眠気や認知面の改善を期待するには、一晩あたり平均4時間以上のCPAP使用を継続することが望ましいというエビデンスが示されており、使用時間の確保が改善の前提条件になると考えられています。

Q. 物忘れがひどいのですが、SASが原因かどうか自分で分かりますか?

A. 症状だけでSASかどうかを判断することは困難です。いびきや無呼吸の指摘、日中の眠気の有無などを整理したうえで、医療機関に相談することをお勧めします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の治療効果や疾患リスクを保証するものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関を受診し、専門的な評価を受けてください。

参考・出典

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監修
廣瀬 有紀子(ひろせ ゆきこ)
耳鼻咽喉科専門医・アレルギー専門医・日本医師会認定産業医
信州大学医学部医学科卒業。東京慈恵医科大学付属病院 耳鼻咽喉科ほか都内医療機関に勤務。日本睡眠学会、日本アレルギー学会、日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会、日本口腔・咽頭科学会 所属。
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