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運送業の居眠り運転対策|国土交通省のSAS対策マニュアルと企業ができること

運送業の居眠り運転対策|国土交通省のSAS対策マニュアルと企業ができること

国土交通省が示す睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策マニュアルの内容をもとに、法的に何が義務で何が推奨なのか、企業が明日から着手できる対応フローまでを整理します。

「点呼はしっかりやっている。健康診断も毎年受けさせている。それでも居眠り運転事故のニュースを見るたびに、うちは本当に大丈夫かと不安になる」という運送事業者の経営者・安全管理担当者へ。国土交通省が示す睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策マニュアルの内容と、企業として実際に何をすべきかを整理します。

トラック・バス・タクシーなど事業用自動車を運行する企業にとって、居眠り運転事故は経営そのものを揺るがすリスクです。行政処分や損害賠償はもちろん、荷主・利用者からの信頼を一度失うと、事業の継続にも直結します。国土交通省は平成15年から一貫して、居眠り運転の背景にある睡眠時無呼吸症候群(SAS)への対策を運送事業者に求めてきました。この記事では、令和7年7月に改訂された最新のSAS対策マニュアルの内容をもとに、法的に何が義務で何が推奨なのか、実際に公表されている事故事例、そして企業が明日から着手できる具体的な対応フローまでを整理します。

SAS対策マニュアルはなぜ生まれたのか

国土交通省が最初にSASに関する周知資料を作成したのは平成15年3月のことです。きっかけは、同年2月に発生した山陽新幹線の運転士による居眠り運転事案でした。この事案を機に、SASは鉄道・航空・自動車運送といった交通分野全体に共通するリスクとして認識されるようになり、「睡眠時無呼吸症候群(SAS)に注意しましょう」という周知資料が策定されました。

その後、平成19年6月の改訂では、眠気の自覚がない中等度〜重度のSASも存在すること、自覚症状だけに頼らない客観的なスクリーニングの重要性が明記されました。平成27年8月には、検査前の準備から検査後のフォロー、精密検査、治療、社内運用までを一連の流れとして具体化した「自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル〜SAS対策の必要性と活用〜」が公表されています。

そして令和7年7月、同マニュアルは本文の時点更新に加えて、記載内容の改善・加筆、SASに起因すると疑われる交通事故等事例の追加、さらに簡易版の新規作成という形で改訂されました。全日本トラック協会も令和7年7月15日付でこの改訂を会員事業者に周知しています。約20年をかけて、国土交通省は「検査をして終わり」ではなく「検査後にどう運用するか」という実務面の充実に重点を移してきたことが、この改訂の経緯からも読み取れます。

マニュアルは「義務」なのか「推奨」なのか

安全管理担当者が最初に整理すべきなのは、このマニュアルが法令そのものではなく、行政が示す実務指針・ガイドラインである、という位置づけです。ここを混同すると、社内説明や従業員への周知の場面で誤解を招きかねません。

法令上の義務として明確なのは、次の2点です。

  • 定期健康診断の実施:貨物自動車運送事業輸送安全規則第3条・第20条に基づき、一般運転者は1年に1回以上、深夜業に常時従事する運転者は6か月に1回以上の受診が義務付けられています。異常所見があれば、医師からの意見聴取と就業上の措置も義務の範囲です。
  • 乗務前後の点呼:輸送安全規則第7条・第8条により、酒気帯びの有無に加え、疾病・疲労・睡眠不足の有無を確認し、記録を1年間保存することが求められています。

これに対して、SASスクリーニング検査そのものは、輸送安全規則の条文に直接の受診義務として明記されているわけではありません。国土交通省自動車局のマニュアルが示す「推奨検査」という位置づけです。

ただし、ここで注意したいのは「推奨だから後回しでよい」という理解が危険だという点です。貨物自動車運送事業法第17条第2項は、事業者に対して、運転者が疾病により安全な運転ができないおそれがある状態を防止するため、医学的知見に基づく必要な措置を講じる義務を課しています。SASスクリーニングは、この法的義務を実効的に果たすための最も有効な手段のひとつとして位置づけられているのです。「義務ではないから不要」ではなく、「既存の安全配慮義務を果たすための実務的な推奨策」として理解することが、社内説明の際にも誤解を招かない伝え方になります。

公表されている事故事例から見えるもの

抽象的なリスクの話だけでは、経営層への説得材料としては弱いかもしれません。実際に国土交通省・事業用自動車事故調査委員会が公表している事例を見てみます。

令和4年8月22日には、大型乗合バスの横転事故が、「睡眠時無呼吸症候群の運転リスク」と「生体リズムが起こす深夜の眠気」の教訓として公表されました。同年11月10日には、大型トラックの追突事故も同様の文脈で公表されています。これらはいずれも「SASが原因」と断定されたものではなく、「疑われる事例」「教訓」として扱われている点に注意が必要ですが、行政が繰り返しこうした事例を公表し続けていること自体が、この問題の深刻さを物語っています。

マニュアルの巻末には、乗合バス(東京都大田区、世田谷区)、タクシー(長崎県平戸市)、乗合バス(名古屋市北区)など、「SASに起因すると疑われる交通事故等事例」が複数掲載されています。国土交通省自身が問題視しているのは、いまだに事故が発生した後になって初めて運転者のSASが発覚するケースがあること、そしてSASスクリーニング検査が「十分に浸透したとは言い切れない」という現状です。検査後の社内運用やフォロー体制に課題が残っているという指摘も、マニュアルの中で明記されています。

なお、令和4年4月施行の通達改正により、SASが疑われる居眠り運転・漫然運転による事故は「健康起因事故」として報告する対象になりました。さらに令和7年4月施行の改正では、事故の前後にSASスクリーニング検査を受診していたかどうかの報告も求められるようになっています。これは、行政が「検査を受けていたか」を事後的に確認する仕組みが強化されつつあることを意味し、未実施のまま放置するリスクは今後さらに大きくなっていくと考えられます。

企業が実際に行うべき対応フロー

マニュアルが示す実務は、大きく分けて7つの段階で構成されています。

  1. 周知・教育:SAS検査の目的、差別的扱いをしない方針、プライバシー管理を運転者会議や点呼の場で説明する
  2. 対象者選定:原則は運転者全員が対象。予算や人数の制約がある場合は、事故・ヒヤリハット歴、夜間・不規則勤務、長距離運転、肥満、健診異常などの高リスク者を優先する
  3. スクリーニング検査:パルスオキシメトリ法やフローセンサ法などの簡易検査を、2〜3年に1回の頻度で実施する。経過観察者や体重が急増した運転者は毎年の受診が推奨される
  4. 要精密検査者への対応:終夜睡眠ポリグラフ検査()を受けやすいよう、勤務シフトの調整など業務上の配慮を行う
  5. 診断・治療:CPAP治療などが開始された場合、医師の意見に基づいて就業上の措置を検討する
  6. 乗務可否判断:専門医・産業医・管理者・本人の意見を総合し、個別に判断する
  7. 治療継続確認と再評価:点呼時にCPAPの装着状況や睡眠時間を確認し、2〜3年を目安に再評価する

このフローで特に見落とされがちなのが、4番目の「要精密検査者への対応」です。検査を実施して終わりにしてしまい、要精密検査と判定された運転者が実際に医療機関を受診したかどうかを追跡できていない事業者は少なくありません。国土交通省のマニュアルが繰り返し強調しているのも、まさにこの「検査はしたがフォローできていない」という課題です。

対象者選定で見落としてはいけない「非肥満型SAS」

対象者選定のステップでは、肥満を代表的なリスク因子として優先することが一般的ですが、体重だけを基準にすると重要なリスク層を見落とすおそれがあります。SASは肥満体型の方だけの病気ではありません。日本人は骨格的に顎(あご)が小さい方が多いという特徴があり、痩せ型・標準体型であっても気道が狭くなることで重症のSASを発症しているケースが少なくありません。体重だけで対象者を絞り込むのではなく、「激しいいびきを指摘されている」「睡眠中に呼吸が止まっていると家族から言われたことがある」「日中の眠気が強い」といった申告も、優先的な検査対象を選ぶ基準に加えることが望まれます。

あわせて、簡易検査(スクリーニング検査)の数値の見方にも注意が必要です。簡易検査は脳波を測定しないため、実際に眠っていた時間ではなく、記録した時間全体をもとに無呼吸・低呼吸の回数を算出します。眠れていなかった時間も分母に含まれる分、無呼吸の程度を実際より低く見積もってしまう(過小評価する)傾向があることが知られています。「検査の数値が軽症だったから問題ない」と判断してしまうと、実際には重症のSASを見逃すリスクがあります。数値が軽症域であっても、本人や家族から強いいびき・呼吸停止の指摘がある場合は、終夜睡眠ポリグラフ検査()などの精密検査を推奨することが、企業として見落としを防ぐための現実的な対応です。

令和8年度の診療報酬改定という追い風

ここまではリスクの見落としを防ぐための注意点でしたが、企業にとって追い風となる制度変更もあります。令和8年度の診療報酬改定により、CPAP治療を保険診療で開始できる基準が緩和されました。精密検査(PSG)ではAHI15以上(従来は20以上)、自宅でできる簡易検査ではAHI30以上(従来は40以上)であれば、保険診療でのCPAP治療の対象となります。これにより、従来であれば「経過観察」とされていた中等症の運転者も、より早期に治療を開始し、安全に乗務を継続できる環境が整いつつあります。

あわせて、医療機関側には、主治医が企業(産業医等)と連携し、治療と就労の両立を支援する取組みを評価する診療報酬上の仕組み(療養・就労両立支援指導料)も設けられています。運転者本人の同意のもとで、主治医が勤務情報の提供を受けて企業側と連携することで、乗務可否の判断や就業上の配慮を、より医学的根拠に基づいて行いやすくなります。こうした制度を活用できるかどうかは受診先の医療機関の対応によって異なるため、導入を検討する際は、連携体制があるかどうかも確認するとよいでしょう。

SAS疑い・診断者への対応で絶対に避けるべきこと

労務管理上、最も重要な原則がひとつあります。それは、SASスクリーニング検査で要精密検査の判定が出たことや、SASの診断を受けたことのみを理由に、運転者を直ちに乗務から排除したり、解雇・降格といった不利益な取り扱いをしてはならない、という点です。

SASは、適切な確定診断を経てCPAP治療などを継続していれば、健常者と変わらない安全性で運転業務を続けられる疾患です。検査を「排除の道具」として運用してしまうと、従業員は正直に症状を申告しなくなり、かえって未診断のまま隠れたリスクを抱える運転者が増えるという逆効果を招きます。事業者は、検査費用の負担、個人情報の保護、受診手順を定めた「SAS取扱規程」をあらかじめ制定し、運転者の納得と協力を得たうえで、予防的なスクリーニングと治療継続管理を組織的に進める必要があります。

Gマークとの関係をどう理解するか

安全性優良事業所(Gマーク)の取得を目指す事業者からは、「SAS対策はGマークの必須条件なのか」という質問をよく受けます。結論から言うと、国土交通省の公式資料の範囲では、SAS検査をGマーク取得の直接的な必須要件とする記載は確認できません。

一方で、2026年度のGマーク申請では、評価項目Ⅲ「安全性に対する取組の積極性」の資料提出が求められており、東京都トラック協会が公開している申請作成例では、評価項目Ⅲのグループ3「法定基準を上回る対策」の中に、「効果の高い健康起因事故防止対策」としてSASの検査者名簿が掲載されています。つまり、SAS対策は直接の必須要件ではないものの、健康起因事故防止に積極的に取り組んでいることを示す評価資料として活用できる、という位置づけが実態に近い理解です。

建設業にも共通するリスク管理の視点

ここまでは運送事業者を中心に解説してきましたが、重機オペレーターや高所作業を伴う建設業においても、一瞬の集中力低下が重大な事故につながる構造は共通しています。建設業には輸送安全規則のような専用の点呼義務はありませんが、労働安全衛生法上の安全配慮義務という点では、運送業と同様に「疾病により安全な作業ができないおそれがある状態を防止する」責任を事業者が負っている点は変わりません。朝礼での体調確認や、交代勤務者に対する健康管理体制を検討する際に、国土交通省のSAS対策マニュアルが示す「周知→選定→検査→フォロー→再評価」という流れは、そのまま応用できる実務モデルです。

安全管理担当者向け・段階的着手チェックリスト

  • SAS取扱規程を策定し、対象者基準・実施頻度・費用負担・個人情報保護方針を明文化しているか
  • 運転者に対し、不利益取扱いをしない方針を説明し、同意を得ているか
  • 法定健康診断を100%の受診率で実施できているか
  • 点呼時に疾病・疲労・睡眠不足の確認を徹底し、記録を1年間保存できているか
  • SASスクリーニング検査の対象者選定と2〜3年周期の受診計画を作成しているか
  • 要精密検査者に対し、受診のための勤務シフト調整を行っているか
  • CPAP治療中の運転者について、毎月の受診状況や装着時間を確認する仕組みがあるか
  • Gマーク申請を見据え、健康起因事故防止の取組を資料化できているか

通院の負担が、SAS対策継続の壁になっていませんか

CPAP治療は、開始した後の「継続」がなければ効果を発揮しません。多忙な運転者が定期通院を負担に感じ、治療を中断してしまうケースは少なくありません。当院ではオンライン診療を活用し、運転者の通院負担を軽減しながら治療を継続できる体制を整えています。なお、オンライン診療への移行は、対面診療でCPAP治療による眠気やいびきの改善が確認されていることを前提としており、運転者の安全を確実に担保したうえで利便性を追求する仕組みです。運送業に限らず、自宅でできる睡眠健康チェックと医師レポートをセットにした法人向けプログラムについても、お気軽にご相談ください。

法人向け睡眠健康支援プログラムのご相談 →法人向けSAS健診の費用・導入の流れを見る →点呼・健康管理体制とSASスクリーニングの位置づけを見る →

よくある質問

Q. SASスクリーニング検査を実施しないと、行政処分の対象になりますか?

A. 検査そのものは法令上の一律義務ではないため、未実施だけを理由に直接の行政処分を受けるわけではありません。ただし、健康起因事故が発生した場合には、貨物自動車運送事業法第17条第2項の疾病運転防止措置が十分だったかを問われる可能性があります。

Q. 全運転者を検査する予算がありません。どこから始めればよいですか?

A. 国土交通省のマニュアルは、事故・ヒヤリハット歴、夜間・不規則勤務、長距離運転、肥満、健診異常のある運転者を優先することを推奨しています。全員検査が難しい場合は、この優先順位に沿った段階導入が現実的です。

Q. SASと診断された運転者は、すぐに乗務を外すべきですか?

A. いいえ。診断を受けたことのみを理由とした一律の乗務排除や不利益取扱いは、マニュアルの趣旨に反します。専門医・産業医の意見を踏まえ、治療状況に応じて個別に判断することが求められます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、国土交通省の公表資料に基づく整理です。個別の法的判断が必要な場合は、所管行政機関や専門家にご確認ください。事故とSASの因果関係については、国土交通省の公表資料でも「疑われる」「教訓」という表現にとどまっており、本記事もその表現に準じています。

参考・出典

  • 国土交通省物流・自動車局『自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル〜SAS対策の必要性と活用〜』令和7年7月改訂版・簡易版
  • 国土交通省『貨物自動車運送事業輸送安全規則』(平成2年運輸省令第22号)第3条・第7条・第8条・第17条・第20条
  • 貨物自動車運送事業法第17条第2項
  • 国土交通省『自動車事故報告書等の取扱要領』(令和4年3月改正)、自動車事故報告規則第2条第9号
  • 国土交通省 事業用自動車事故調査委員会公表資料(令和4年8月22日・令和4年11月10日)
  • 国土交通省『貨物自動車運送事業安全性評価事業(Gマーク)』制度概要
  • 東京都トラック協会『2026年度Gマーク申請 評価項目Ⅲ作成例』
  • 公益社団法人全日本トラック協会 周知資料(令和7年7月15日付)
  • 厚生労働省『令和8年度診療報酬点数表』(在宅持続陽圧呼吸療法指導管理料・療養・就労両立支援指導料)
  • 一般社団法人日本呼吸器学会『睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン 2020』
  • 日本循環器学会・日本心不全学会 等『循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン(JCS 2023)』
監修者の写真
監修
廣瀬 有紀子(ひろせ ゆきこ)
耳鼻咽喉科専門医・アレルギー専門医・日本医師会認定産業医
信州大学医学部医学科卒業。東京慈恵医科大学付属病院 耳鼻咽喉科ほか都内医療機関に勤務。日本睡眠学会、日本アレルギー学会、日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会、日本口腔・咽頭科学会 所属。
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